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2005年01月11日
谷崎潤一郎「細雪」読了 ▼
24:18、ほんの先ほど、無事、中公文庫の、谷崎潤一郎「細雪(全)」を読了。解説を含め全936ページ。
(上中下巻が全て入っているもの。1095円+税。私の持っているものは、初版1983年1月10日 第21刷の2003年4月30日)
今年は、1月1日(土)から読み始め、ちょっと時間がかかりましたが、なんとなく休みの雰囲気の中、お仕事が忙しくなる前に読み切りました。幸いでございます。
そして、やっぱり、今年も、読んで、よかったです。なかなか苦しい人生を感じている自分の今に、優しく、それでいてたくさんの出来事が、これまで同様に、私をワクワクさせてくれました。そして、お話自体も、いい話で、ハッピーエンドであったし、そこに描かれた細かい風俗の一つ一つが、まだ知らないことも多いとは思うのですが、知っていることに関しては、また、いろいろと思い出されて、頭の中に自然と情景が描かれるのでした。こういった文学作品に対して、分析的にアプローチすることが粋であるかどうかは異論ありましょうが、いつの日か、936ページを読み切らなくても、すぐに細雪の世界に入っていけるような、整理したページがあっても良いのではないか、特に、風俗や登場人物については、読んでいる最中でも、おさらいしたいことだってあるんじゃないでしょうか。
また、谷崎潤一郎に関して言うと、もちろん、多くの学者も、多くの論文もあることでしょうが、私は文学部出身でもなく、他の小説もあまりに読んでないものは多いのですが、とにかく、「痴人の愛」で大学3年次に個人的読書にて谷崎に入った私は、もう、どうしようもなく谷崎が好きになったのです。次々に読んでいくうちに、やはり、この「細雪」も、大好きになり。新潮文庫ですと、上中下の3巻で構成されていて、いずれにせよ、大作に違いなく、平素からちょいちょいと読むわけにはなかなかいかないわけです。そこで、私、年末年始に読もう、と、たしか、大学3年の冬、つまり、1997年のお年始に読んだのが、始まりです。
当時は、どうでしたでしょうか、大学時代ですから、東京は杉並区永福町に住み、谷崎潤一郎がもともと出身としていた日本橋蛎殻町や、東京大学文学部を中退するまでの、彼のバックボーンとなっていた地域に触れてはいたものの、「細雪」の中に直接描かれる風景は、辰雄が東京に異動転勤して住んだ渋谷や、歌舞伎座で観劇をするエピソードくらいしかなく、「細雪」のほとんどは、関西、幸子のおうちのある芦屋を中心のお話ですから、愛知県出身ということが生きるのも、三枝家が豊橋にあるが田舎紳士然としていて全く触手が動かなかった、というエピソードや、その三枝氏と後日偶然電車に乗り合わせた際に、弁天島で降りていったというその東海道線の駅が、東京に行く途中の各駅停車の浜名湖手前あたりであるということが分かったり(その頃、東京から愛知に帰省する際は、青春18きっぷで各駅停車でお昼に5~6時間かけて帰ったものですから)、かろうじて、両親の実家が大阪だったり神戸だったりしたから、関西の地名や地勢についても、おおまかなところは多少聞いたことがある、という程度でした。
ただ、なかなかちょいちょい読むわけにもいかないこの「細雪」は、畢竟、年末年始の手持ち無沙汰な時間のお供になっていくわけです。
おまけに、就職先の関係で、神戸市の西の端、垂水高丸のあたりに1998年4月から住むことになってからは、いよいよ関西の地勢に詳しくなっていくのでした。そうなってくると、単に勉強する(というか遊ぶ)だけの立場だった大学生の頃と異なり、働いている、という自分の環境の変化もあわせて、同じ「細雪」という作品でも、読後感が異なってくることになります。もちろん、同じ作品を何度も読むということもあまり経験はありませんでしたから(それでも、映画は大好きなものを10回以上見たりすることはありましたから、そういった点でその行動自体に違和感はありませんでしたが)、そういったところで読後感が異なることも考えられましたが、年齢も経て、この読後感の違いが、なんとも面白いものに感じられ、また、自分の経験も(本当にちょっとずつではありましたが)増えましたし、99年あたりからは、バイクに乗るようになり、行動範囲が広がったところから、いよいよ、地名地理や地勢雰囲気について知識が増えるようになっていったのです。
何か、エピソードばかりになってしまいましたが、この「細雪」の魅力は、詳細は後日の改めてページ記事にする際に譲るとして、私にとって、とにかく、この、人間模様、幸子を中心として、あれやこれやと考えを巡らすところなどが、(究極的な偏見と先入観を持ってすれば)どうにもA型的な気質を強く感じられ、共感するところが非常に多いのです。鶴子はともかく、幸子や雪子、貞之助などまでもが、A型的な思考に思われるのです。一方、妙子などはAB型に思われますし、井谷や婦人方、奥畑や板倉、三好などはB型に見えるところもございます。
解説すれば、つまるところ、雪子の縁談を求めて奔走する幸子の行動と心理描写がほとんど、なのですが、数年に渡る、蒔岡家を取り巻く出来事を次々に描いていくものです。そこには、本来的には平穏な1日もあったでしょうが、小説ですから当たり前なのかも知れませんが次々にイベントが起こっていくのは、本当に、人生ってこんなものだと思いますし、受動的に起きて、計画通りになんてなかなかいかないものでしょう。そこが、どうにも、面白いんです。
また個人的なエピソードに戻ることを許されるならば、2000年10月にはアメリカへ1年行きましたから、2001年の年始は、アメリカの空の下で、読んだはずです。だんだんに習慣化してきましたから、2002年の年始は転職が決まりながらも神戸に戻ってきた空の下でしたし、2003年、2004年は、愛知、東京、神戸、アメリカ、と経験した後の再びの東京の空の下、しかも、2003年は大田区大森山王、2004年は世田谷区尾山台環八沿い、という次々の環境の変化の下で、感じてきました。今年は、珍しく2年連続で、尾山台、でしたね。来年は、私は、どこで、読むのでしょうか。どうなっているんでしょうか。なんだか、そんな先のことまで考えちゃうのが、自分の習慣になっている来年も想像したくなっちゃうのが、なんか、いいですね。
そんな、谷崎潤一郎、なんですが、検索とかかけると、意外なほどに、ページが無いんですよね。こちら(東京紅團)などは、谷崎作品にまつわる地域を特集しており、ある種、私の目指すところに近いのですが、どちらかというと、作家本人の住んだところを特集しており、作品ごとのエピソードはあまり濃くはありません。
いつか、絶対、谷崎潤一郎のファンページを、作るんです。「細雪」のページも、出てくる登場人物から、年表、その時代の風俗の時代考証になるようなエピソードをまとめたり、出てくる場所を調べてみたり、実際に回ってみたり、したいんです。知らないところは、知りたいんです。
そして、谷崎を好きな人が、一人でも増えれば、こんなにうれしいことはほかにないと思うのです。
投稿者 tanih : 2005年01月11日 02:27
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